地域(人吉、球磨方面)

キジ馬(郷土玩具)

人吉・球磨地方ならどこでも目にすることが出来るキジ馬(写真:キジ馬絵付け体験)

寿永の昔(約800年前)、壇ノ浦の戦いに敗れ、九州の山間に落ちのびて来た平家の一族は、さらにその一部が、球磨の領主矢瀬氏を頼って人吉にやって来たといわれる。

しかしすでに、平家に縁のあった矢瀬氏は滅ぼされ、源氏の地頭相良氏の世となっていた。

頼りを失った彼らはさらに逃れて、人吉の奥地木地屋や大塚地区に永住の居を定めたという。

しかし、去来するものはかつての都の栄華の夢、そのさびしさを慰めるために作り始めたのが「木地屋御器」であり『キジ馬』や『花手箱』や『羽子板』であった。荒削りの桐木に模様を入れ、松の輪切りを車としただけの無造作なものに、くちなしの花の黄、麦の穂の緑、イセビ(ハクサンボク)の実の赤を草木染めにした素朴な、それでいて鮮烈な色彩の玩具は、貴族の高貴な香りと、芳醇な南国の土俗の匂いとを漂わせる芸術品に育っていった。 

毎年二月の、人吉のえびす市は、二日町・五日町・七日町・九日町の順に開かれ、露店に並べられた『キジ馬』は男の子、『花手箱』は女の子へのお土産として、郷の人は必ず買って帰る習わしとなった。

『キジ馬』の頭に書かれてる【大】の一字は、大塚の製作者の家に養子となって入りこみ、その製作の秘伝を盗んで逃げ帰った若者が後世その罪滅ぼしと、養家への感謝の気持ちをこめて書くようになったといわれている。

東北のコケシが、玩具の『東の横綱』であれば、九州のキジ馬こそ玩具の『西の横綱』であります。


 
シュロの葉を通して完成。絵付け体験は見本を参考に約1時間弱で終了。

 
最終更新日:2021年1月25日