地域(荒尾、玉名方面)

田中城跡(和仁城)

豊臣秀吉の九州平定後、肥後国は佐々成政に与えられたが、佐々成政の強引な政策に反発し、天正15年(1587年)隈部親永が兵を挙げて肥後国衆一揆の幕が開け。その最後の砦となったのが和仁氏の居城・田中城で現在その跡地「田中城跡」は国の史跡に指定された。

佐々成政は一揆の責任を取らされ切腹。翌年から加藤清正が肥後の新しい領主となる。

 

日本最古の城攻め絵図「辺春和仁仕寄陣取図」には九州、四国の名だたる大名がびっしりと田中城を包囲してるのが記載され、田中城は辺春氏の裏切りもあって天正15年(1587)12月5日に落城。

 

下写真:県道195号線沿い 歴史と文化のふれあい広場(三加和郵便局近く)

和仁三兄弟

 

田中城跡の写真。本丸への入口にあたる復元された冠木門。

 

本丸跡

 

ツゲの木は当時の柱の位置と壁の広がりを表している。

 

田中城全体図

 

毎年2月には、和水町多目的広場で田中城を舞台の壮絶な戦いぶりを讃え顕彰するイベント(戦国肥後国衆まつり)が行われてる。

 

田中城跡

玉名郡和水町和仁

24時間無料解放

駐車場:有り(無料)

田中城跡はここ(駐車場)から徒歩5分程度。この先は道路幅が狭くなるため車で進むのは避けたほうが無難。

 

最終更新日:2020年1月25日